介護の仕事に転職した友達

私の友達は老人ホームで介護の仕事をしていました。福祉の学校へ通っていたわけではなく、アルバイトをしていた販売店にそのまま就職しアパレルの仕事をしていました。全く違う仕事をしていた友達が老人ホームで働くことになったのは、祖母が入院したことがきっかけだそうです。仕事をしながら通信教育で勉強し、国家資格であるホームヘルパーの資格を取得したそうです。

看護士をしている私の叔母から、患者さんのお世話は知識や技術の他に、体力も使うのだと聞いたことがあります。子供と違い大人を起こしたり抱えたりするのは大変なことです。介護の仕事は主に食事や入浴、排泄などをサポートすることなので、看護士と同様に力仕事でもあります。

一人で複数の方をサポートしなければならず大変な仕事だと思います。転職したことを後悔していないのか尋ねてみると、後悔していないと即答しました。予想以上に重労働ではあるがやりがいがあり、年配の方と触れ合うのが楽しいと言っていました。誰にでも優しく、人懐っこい友達には介護の仕事が合っているようです。

これから介護を受ける可能性のある方々へ

自分の事は全て自分で片付けられるようにしておく事は、社会人としての常識なのではないでしょうか。このような事はごく当たり前の事として多くの方に知られている事でもありますが、ただ現在ではこのような考え方が薄らいでいるような気がしてなりません。

自分が蒔いた種を他の方に始末してもらうような事が多く行なわれており、更にそれが当たり前のような感じで行なわれている事にも疑問が生じます。このような考え方を今の段階で行なっていては、これからの高齢社会をどのように生き抜くのかという事がとても心配されます。

今でこそ介護の問題がとても重要視されており、実際に介護を行なうスタッフに関するマイナスイメージが多く取り上げられていますが、これからの高齢者は自分の事はある程度自分で行なっていかなければならないような時代に突入していきます。今のうちから自分をしっかりと鍛えておき、精神的にタフな人材となっておく必要があるかも知れません。このような事ができていなければ、将来的に困ってしまうのは自分自身になります。

介護に纏わる制度を時代に合わせて見直す

これからはどんどん介護の需要が増えてくるとされていますが、それだけ日本の人口は高齢者の過密化が進んでいくという事になるのではないでしょうか。今までの制度では若い方々が高齢者をお世話するとの考え方が基本となっていました。今でもこの制度は行なわれていますが、ただ今後はそのままこの制度が継続できるのかという問題が浮上してきています。

特にこれから若い方々がどんどん減ってくるという見通しがある為に、若い方々だけで高齢者を支える事ができないようになってくるでしょう。実際に介護を行なう方はどうしても若い方々となりますから、そのような世代が少なくなるという事は、一体誰が高齢者の面倒を見る事になるのかという問題にまで発展をするという事に繋がっていきます。

従いまして、今の制度を今一度改め、これからの時代に合わせた制度にしていく事が求められています。このような事は国に対して求められている事ですが、私たち個人にも求められている事があるはずです。それを一人ひとりがしっかりと自覚をしていかなければなりません。

介護を専門の施設で行なう際には

自分の家でもしも介護をするという事が決まりましたら、みなさんでしたらどのような気持ちになるのでしょうか。ひょっとしたらこのような事実が分かった時点で、もう自分の人生は終わったようなものだとまで思われる方がいらっしゃるかも知れません。

どうしてここまでの事を考えられるのかと言いますと、やはりそれだけ介護というものは私たちの生活に対して負担を強いる事として多くの方に認識されている事が原因なのではないでしょうか。これらの事がもしも負担として考えられない場合は、どんどんご自宅での対応をされる事でしょう。

それが難しい為に、現在ではそのようなお世話を専門的に行なう施設が作り出されている事になっています。しかし実際にこのような施設を利用する為にはかなりの費用が伴う事になりますから、誰しもが望んではいながらもなかなかその利用ができていない事が現状としてあります。それだけこのような対応とは難しい事でもあり、そして費用がかかるような事であると分かるのではないでしょうか。

介護という普段から経験できない事

各ご家庭におかれましては、色々なご事情から他のご家庭で行えるような事ができないような時もあります。そうなりますと、当たり前のように行なう事ができている他のご家庭をとても羨ましいと思ってしまうような事があるかも知れませんが、ただそれは各ご家庭によってのご事情が関係していますから、自分の力ではどうしようもできないような事も多々あるのではないでしょうか。

そのような時こそ悲観的にならずに、全ての物事を前向きに考えていかれる事をお勧めいたします。例えば介護をご自宅でするという事になった場合に、まず介護をするという事自体がとても大変な事としてのイメージが多くの方にあるのかも知れません。

そのような事から、お世話をする方がいらっしゃらないご家庭の事をとても羨ましいと思われるのではなく、ご自身がお世話をする事によって他のご家庭とは違った経験をする事ができるとのように、全てを前向きに考えていきます。そうしますと、大変な事は周りの方も分かっていますから、自然に声をかけてくれたり、時には手伝って貰えるような流れになります。

災害時、要介護者をどう守るか

“2011年の東日本大震災の際、被介護者の死亡率は、健常者の2倍以上に達しています。また、災害発生当初、各地に設けられた避難所に、介護を必要としている人はほとんどいなかったと言われています。

高齢で認知症を患っていた人や重い障害を持った人などは、たとえ地震や津波で被災していても、家族が周りの人たちの迷惑になることを恐れて、避難所を利用できなかったという話を多く聞きました。

後日、日本各地で、災害時に要介護者をどう守っていくかといった検討会が多く開かれ、地域の中の避難所の確認などが行われました。

都心の場合、日中仕事や勉強をしている若い人たちには想像もつかないほどの高齢者や障害者が暮らしていて、地域の避難所にそういった弱い立場の人たちを優先的に受け入れていこうとしたら、健常で、高齢でもなく、小さい子供もいないような人は、避難所が利用できる可能性などないという結果になってしまいました。医療施設が充実していて福祉手当や受け入れ態勢も整っている都心に、高齢者や障害者も集中しているのです。

災害時に要介護者をどう守るかを考える上でも、都市機能を分散化し、地方の社会を健全化させていくことを考えなくてはなりません。”

介護施設の在り方

“介護される側の立場に立った介護施設の設立は、今こそ集中的になされるべき事柄です。よりそれまでの生活に近い環境で、同時に介護者に負担がかかりすぎないシステムが求められています。

高齢になったからと言って、すぐに何もかもできなくなってしまう訳ではありません。料理でもお話し相手でも、何か出来る事があるのであればそれをしてもらい、地域の中での役割を担ってもらうべきでしょう。

障害がある人も、同じように社会の中での役割を与えられるべきですし、高齢者、障害者、健常者、子供、大人、介護者、被介護者、そういったそれぞれの立場の人たちが、今よりももう少し深くかかわりあう必要があるようです。

外国籍の人たちも積極的に受け入れていくべきでしょう。外国籍の子供たちに日本語を教えるのは、歩くのは困難だが昔国語の教師をしていた要介護の高齢者といった自由な関わり合いが可能な社会が出来るといいのではないでしょうか。

超高齢化社会では、地域のほとんどが介護施設だと思った方がいいのかもしれません。家族のつながりは、他人が入ってこられない家の中で一緒に暮らすことではなくなる時代が来るかもしれません。”

介護にかかわる人材不足

“学生の就職内定率がどんなに低い時代でも、介護の担い手であるケアマネージャーやヘルパーの不足は解消されませんでした。

介護ヘルパーの仕事が過酷であることは事実でしょうが、この職種を希望する学生がなかなか増加しないのは、決して仕事を選り好みしてきつい仕事を避けているからだけではないようです。

仕事の過酷さや厳しさからいえば、例えば医師という仕事も傍から見るほど楽なものではありません。でも医師になることを希望する学生は多く、難関の国家試験にも多くの学生が挑んでいます。それは医師という仕事がやりがいのある仕事だからというだけではなく、高収入が見込まれる仕事だからでしょう。

介護の担い手の人材不足の第一の原因は、その報酬の低さにあると言われています。介護ヘルパーの資格を取り仕事の経験を積んでも、収入が上がっていくことが少なく、人生設計が立てられないというのです。外国籍の人材を採用しようという試みも、やたらと難しい条件を付けて、あまり良い成果をあげられてはいないようです。

現在介護ヘルパーやケアマネージャーは比較的高齢の女性が多くの比率を占めています。多様な働き方を可能にし、収入を高く安定させ、人材確保に全力を注がなければ、今の脆弱なシステムでさえ維持できなくなってしまうでしょう。”

高齢者問題だけではない介護の問題

“介護というと、高齢者になった親をその子供が面倒みるという構図と思われがちですが、必ずしもそういったケースだけではありません。

医療技術の進歩により、私たちはかなりの障害を負ったとしても社会復帰が可能になり、病院や施設ではなく、家庭や地域の中で暮らせるようになりました。しかし、それは現実には、家族が介護をしているから可能なことで、病気の後遺症や事故の後遺症、難病などによって重い障害を負いながらも自宅で生活している人の多くは、家族の介護が無ければ生きてはいけないでしょう。

高齢になって寝たきりになったのではなく、生まれてから一度も立ち上がったことが無い人でも家族に介護されて家庭の中で生きているのです。そういった長い長い介護生活をしている人たちの多くは仕事にはついておらず、そしてこれからこういった介護者の高齢化の問題が深刻になってくるでしょう。

今後、高齢者や障害者の比率はますます高くなっていきます。今のままのシステムでは早晩支えきれなくなってしまうことは容易に想像できることです。社会全体で、介護者と要介護者をどう組み合わせていくのか、既成概念にとらわれない思い切った改革が求められています。”

孫

若年介護者の実態

“家庭の中で介護を担っている人といえば、一般的には主婦である成人女性であることがほとんどですが、家庭環境の多様化や経済格差の拡大によって、成人女性は唯一の働き手として仕事に就き、介護をその子供が担っているというケースが増えてきています。

離婚後働きながら子供を育てている女性の親が要介護者となっても、仕事を辞めたら収入が途絶えてしまうため、その子供が介護の担い手となるしかなかったといったケースです。中学や高校に通いながら介護を担い、状況が深刻になれば退学に追いやられる場合もあり、その後の人生に大きな影響を残すこととなります。

介護される側の意思というものも尊重されるべきではありますが、社会全体での優先順位として、子供の権利が阻害されることだけは避けなければならないでしょう。

こういった問題に直面するたび、家族とは何なのかと考えさせられます。家族の絆は大切で素晴らしいものですが、同時に個々人が、地域の中のお年寄り、地域の中の子供という括りにも含まれていてしかるべきなのではないでしょうか。”